新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
僕が今でも想像する景色はあざやかなオレンジ色だった。
オレンジ色の何であるかと聞かれれば、夕暮れとも答えるし、朝焼けとも答える。要するにそれが朝であっても昼であっても夜であっても、風景がオレンジ色なら何でも良かったのだから。
僕はなぜその風景に憧れるのかといえば、僕の想像する世界の終りがオレンジ色だったからなのかもしれない。そう、僕はずっと世界の終りに憧れていた。物事の終極、これほど美しいものは他にあるとは思えなかった。物事は終わるから美しい。そう相場は決まっている。
僕の世界がオレンジ色に染まったのはいつの事だったのだろう。
子どもの頃に見た、楽しいことが終わった後の夕暮れか、それとも、初めて失恋した女の子と一緒に見たあの朝焼けか、今となってはもう思い出せない。
オレンジ色の世界は物事の終りを意味する。それは僕の遺伝子に古くから刻まれる本能であったかもしれない。世界はいつか終りを迎える。僕はそれを望んでいたのかもしれない。
そう、それは世界の終りを思わせるほどの美しいオレンジ色であった。
僕はその風景に吸い込まれそうになるほどに見入っていて、彼女の存在にすら気づいていなかった。
僕はそのとき、一人で秋の空を見上げに近くの砂浜まで来ていたのだが、いつもは誰もいないはずの浜辺に一人の女の子らしい影がたたずんでいた。
彼女は寂しそうに、一人で堤防の淵に座り込んでいた。
僕はしばらくその姿を見ていると、彼女は立ち上がり、海へ消えていった。
その場所に駆け寄ってみれば、もう誰かがいた痕跡も、匂いも、気配も、すべてがオレンジ色の風景の中に溶け込んでしまっていた。
彼女は終わりを望んだのかもしれない。
僕と同様世界の終わりを望んでいたのかもしれない。
しかい、いっこうと現れようとしない世界の終りに待ちくたびれてしまって、彼女は世界の終りに自分から旅立ってしまったのかもしれない。
僕は、彼女のいた場所で涙を流していた。自分も世界に旅立とうかと思った。
しかし、僕は踏みとどまることにした。
ここで僕までが旅立てば、彼女がここにいたという事実はなくなってしまう。夜はもうすぐそばまできているのだ。
せめて、この風景は彼女のためであって欲しいと僕は思う。
いつかの世界の終りが来るまで、僕はここで待ち続けよう。
オレンジ色の何であるかと聞かれれば、夕暮れとも答えるし、朝焼けとも答える。要するにそれが朝であっても昼であっても夜であっても、風景がオレンジ色なら何でも良かったのだから。
僕はなぜその風景に憧れるのかといえば、僕の想像する世界の終りがオレンジ色だったからなのかもしれない。そう、僕はずっと世界の終りに憧れていた。物事の終極、これほど美しいものは他にあるとは思えなかった。物事は終わるから美しい。そう相場は決まっている。
僕の世界がオレンジ色に染まったのはいつの事だったのだろう。
子どもの頃に見た、楽しいことが終わった後の夕暮れか、それとも、初めて失恋した女の子と一緒に見たあの朝焼けか、今となってはもう思い出せない。
オレンジ色の世界は物事の終りを意味する。それは僕の遺伝子に古くから刻まれる本能であったかもしれない。世界はいつか終りを迎える。僕はそれを望んでいたのかもしれない。
そう、それは世界の終りを思わせるほどの美しいオレンジ色であった。
僕はその風景に吸い込まれそうになるほどに見入っていて、彼女の存在にすら気づいていなかった。
僕はそのとき、一人で秋の空を見上げに近くの砂浜まで来ていたのだが、いつもは誰もいないはずの浜辺に一人の女の子らしい影がたたずんでいた。
彼女は寂しそうに、一人で堤防の淵に座り込んでいた。
僕はしばらくその姿を見ていると、彼女は立ち上がり、海へ消えていった。
その場所に駆け寄ってみれば、もう誰かがいた痕跡も、匂いも、気配も、すべてがオレンジ色の風景の中に溶け込んでしまっていた。
彼女は終わりを望んだのかもしれない。
僕と同様世界の終わりを望んでいたのかもしれない。
しかい、いっこうと現れようとしない世界の終りに待ちくたびれてしまって、彼女は世界の終りに自分から旅立ってしまったのかもしれない。
僕は、彼女のいた場所で涙を流していた。自分も世界に旅立とうかと思った。
しかし、僕は踏みとどまることにした。
ここで僕までが旅立てば、彼女がここにいたという事実はなくなってしまう。夜はもうすぐそばまできているのだ。
せめて、この風景は彼女のためであって欲しいと僕は思う。
いつかの世界の終りが来るまで、僕はここで待ち続けよう。
2007.07.23 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) |
まったく世界というものはどうしょうもなく不安定で罠ばかり仕掛けられているな。
僕は一人原付にまたがって考えていた。
人一人踏みつけることもなければ、踏みつけられることもない人生を送りたかっただけなのに。夜は空に消えていった。
漠然とした未来は、砂のように僕の前からその姿を消した。
明日世界が終わる。
ふとそう感じた。
これは思いつきでも妄想でもなんでもない。自分の目の前に現れる大きな事実に対しての予兆のようなものであると思う。
誰もこのことに気づいている人間はいないと思う。世界中の誰でもなく自分だけが、明日くる世界の終りを感じ取ったのだ。色合いのない夜の風景が僕の瞼の先で揺れていた。
今までの僕の人生といえば本当にろくなものではなかった。他人の目から見れば、「ああ、それは大変だったね。でも今は過去じゃないんだから前を向いて歩こうよ。」とあしらわれるかもしれない。しかし、これは他人の人生ではなくて、自分の人生。ふりほどくことなどできない「呪い」のようなものとして、僕の人生に付きまとった。
僕が生まれたのは昭和60年。その年は別に何があったわけでもないし、もうすぐ終わってしまう、あまりにも長すぎた栄光が終わりつつある年であり、ただ新しい朝を待つだけのくだらない日常が始まる年でもあった。季節はようやく始まりつつある。さんさんと降り注ぐ日差しに人々がだらけ始めるときだった。僕はそのことを知らないが、君もそのことを知らない。
時間とはそういうものだ。
何回もの朝を迎えて、何回もの夕暮れが僕たちを待ち続けるうちに、僕は育ち続けた。朝が僕に光を与えて、夕暮れが僕から何度もその光を奪い続けていった。
そして、小学生になり、僕の体もずいぶんと大きくなった。おそらく、夕暮れが僕の光をすべて奪えなかったからだろう。僕はそのときは、まだ夜から身を守る術を知っていたのかもしれない。今ではもう忘れてしまったけど。
その頃の僕は人間の暗い部分など知らずに日々を過ごしていた。人と人とが完全に分かり合えると信じて疑わなかった。しかし、その純粋さが僕を苦しめた。色々な裏切りも受けたし、傷つくことばかりだった。そのときから僕は後ろ向きで生きるようになった。後ろ向きで歩くことにより、どんどん夜が僕に迫ってきて、ついには僕は正面から見る目を失ってしまった。いつでも暗いフィルターを通してでないと、他人のことが見えなくなった。
人間とは怖いものであり、多くの人々が自分の意思を持たない。皆、聞いているふりをしているだけで、本当は何も聞いていないのだ。多くの人間が考えるということを知らない、ということを幼少時代知ってしまったのかもしれない。
しかし、それは大きな間違いであり、本当は違うのかもしれない。だって僕が人間の何を知っているというのだろうか。僕は僕であり、彼らは彼らなのだ。人間を想像だけでわかりきることなど、誰にもできないのだ。
だが、彼らにはそれを感じさせるなにかがあった。人々は集団となるほど、考えることを諦める。そして、強い人間に考えを任せてしまう傾向にある。
彼らは弱いものを憎み、強いものを敬うのだ。それを正しいか正しくないかを力の強さで決めるのだ。子供とは残酷なものであり、その面が表立って出てしまったのかもしれない。人間とは本当に恐ろしい生き物だと思う。
僕はそのようにして「弱者」として「強者」から虐げられる存在へと育っていった。ものごとを、負けることを、虐げられること、として想定しながら生きていくようになった。負け癖のついた人間、とでもいうのかもしれない。
しかし、今になってはその頃の傾向も少しは緩やかな方向へと進んでいったと思う。
しかし、その事実は消えてしまうものではなかった。
そのことは僕の現実として、重くのしかかってきた。
人間の傾向とは、思春期までに、どのような経験をしたかによって決まるのだと思う。それはもちろん、大の大人はもう人間としての成長はない、などと言っている訳ではない。
しかし、人間としての成長は、もう決まってしまっているのだと思う。どんなにあがいても、変えられない呪いのようなものだと思う。
死ぬまでその呪いは解けないし、決して変わることもないのだ。
人生なんてそんなものなんだと僕は思う。
僕は一人原付にまたがって考えていた。
人一人踏みつけることもなければ、踏みつけられることもない人生を送りたかっただけなのに。夜は空に消えていった。
漠然とした未来は、砂のように僕の前からその姿を消した。
明日世界が終わる。
ふとそう感じた。
これは思いつきでも妄想でもなんでもない。自分の目の前に現れる大きな事実に対しての予兆のようなものであると思う。
誰もこのことに気づいている人間はいないと思う。世界中の誰でもなく自分だけが、明日くる世界の終りを感じ取ったのだ。色合いのない夜の風景が僕の瞼の先で揺れていた。
今までの僕の人生といえば本当にろくなものではなかった。他人の目から見れば、「ああ、それは大変だったね。でも今は過去じゃないんだから前を向いて歩こうよ。」とあしらわれるかもしれない。しかし、これは他人の人生ではなくて、自分の人生。ふりほどくことなどできない「呪い」のようなものとして、僕の人生に付きまとった。
僕が生まれたのは昭和60年。その年は別に何があったわけでもないし、もうすぐ終わってしまう、あまりにも長すぎた栄光が終わりつつある年であり、ただ新しい朝を待つだけのくだらない日常が始まる年でもあった。季節はようやく始まりつつある。さんさんと降り注ぐ日差しに人々がだらけ始めるときだった。僕はそのことを知らないが、君もそのことを知らない。
時間とはそういうものだ。
何回もの朝を迎えて、何回もの夕暮れが僕たちを待ち続けるうちに、僕は育ち続けた。朝が僕に光を与えて、夕暮れが僕から何度もその光を奪い続けていった。
そして、小学生になり、僕の体もずいぶんと大きくなった。おそらく、夕暮れが僕の光をすべて奪えなかったからだろう。僕はそのときは、まだ夜から身を守る術を知っていたのかもしれない。今ではもう忘れてしまったけど。
その頃の僕は人間の暗い部分など知らずに日々を過ごしていた。人と人とが完全に分かり合えると信じて疑わなかった。しかし、その純粋さが僕を苦しめた。色々な裏切りも受けたし、傷つくことばかりだった。そのときから僕は後ろ向きで生きるようになった。後ろ向きで歩くことにより、どんどん夜が僕に迫ってきて、ついには僕は正面から見る目を失ってしまった。いつでも暗いフィルターを通してでないと、他人のことが見えなくなった。
人間とは怖いものであり、多くの人々が自分の意思を持たない。皆、聞いているふりをしているだけで、本当は何も聞いていないのだ。多くの人間が考えるということを知らない、ということを幼少時代知ってしまったのかもしれない。
しかし、それは大きな間違いであり、本当は違うのかもしれない。だって僕が人間の何を知っているというのだろうか。僕は僕であり、彼らは彼らなのだ。人間を想像だけでわかりきることなど、誰にもできないのだ。
だが、彼らにはそれを感じさせるなにかがあった。人々は集団となるほど、考えることを諦める。そして、強い人間に考えを任せてしまう傾向にある。
彼らは弱いものを憎み、強いものを敬うのだ。それを正しいか正しくないかを力の強さで決めるのだ。子供とは残酷なものであり、その面が表立って出てしまったのかもしれない。人間とは本当に恐ろしい生き物だと思う。
僕はそのようにして「弱者」として「強者」から虐げられる存在へと育っていった。ものごとを、負けることを、虐げられること、として想定しながら生きていくようになった。負け癖のついた人間、とでもいうのかもしれない。
しかし、今になってはその頃の傾向も少しは緩やかな方向へと進んでいったと思う。
しかし、その事実は消えてしまうものではなかった。
そのことは僕の現実として、重くのしかかってきた。
人間の傾向とは、思春期までに、どのような経験をしたかによって決まるのだと思う。それはもちろん、大の大人はもう人間としての成長はない、などと言っている訳ではない。
しかし、人間としての成長は、もう決まってしまっているのだと思う。どんなにあがいても、変えられない呪いのようなものだと思う。
死ぬまでその呪いは解けないし、決して変わることもないのだ。
人生なんてそんなものなんだと僕は思う。
2007.05.13 | 明日世界が終わる | トラックバック(0) | コメント(115) |


